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2009/03/14
台北で生まれた、草の根アート作品 --- 陳界仁の新プロジェクト
台湾から、岩切みおさんのレポートです。
この台北からのレポートも前回からずいぶん時間があいた。昨年春からの台北アートシーンの変化を概観すると、やはり画廊界を襲っている景気後退の影響について、触れざるを得ない。ビジネスのスケールが違う北京ほどの大きなダメージはないにしても、画廊による作品注文のキャンセルや、支払いの滞りなど、打撃は作家たちにも及んでいる。
1- 伊通公園ギャラ
リーでのグループ展にて展示された、AIT事件をめぐる陳界仁の声明 photo by Mio Iwakiri
一方で、インド、ムンバイのSakshi Gallery が台北に支店をオープンさせたり、今年20周年を迎える誠品画廊(Eslite
Gallery)が、春から300坪という大きなスペースへと移転したり、大手建設会社によって現代アート専門の美術館の開館準備が、来年オープンの予定
で進められていたりなど、明るいニュースもないわけではない。
特に筆者が心強く感じるのは、こんな時だからこそ個人の力で何かを変えて行こう、
問題を考えて行こうとする動きがあることだ。例えば、台北ビエンナーレの参加作品であった、オーストリア在住の中国人作家楊俊(ヤン・ジュン)による「台
北にアートセンターを」という架空のプロジェクトを、王俊傑(ワン・ジュンジエ)ら地元のアーティストやキュレーターらが自主的に引き継ぎ、実現への可能
性を探る動きが出て来ていることがある。これまでの政府主導の文化政策から抜け出す新たな一歩となるのか、注目していきたいと思う。また、不景気ではあっ
ても、それぞれのアーティストの活動が鈍ることはないのも、頼もしい。むしろ、好感を持てる草の根的な動きが増えつつあるようにさえ感じる。つい最近も、
新しい集合スタジオが、国立台北芸術大学近くの高校跡地に生まれたが、注目の新進アーティストから大御所までが集まるこの場所が新たなエネルギーを生み出
す日も近い。そんな予感がする。
陳界仁(チェン・ジエレン)の昨秋からの新プロジェクトも、彼のこれまでの映像作品とはちょっと違う、草の根的
な要素を持つものだ。陳は、ほぼ間違いなく、現在最も活躍している台湾出身のアーティストのひとりと言える。その彼が、昨年9月末、招待されたニューオリ
ンズでの展覧会の展示作業に出向くため、アメリカ合衆国の訪問ビザを取ろうとした際の移民局での経験をきっかけとして、あるウェブサイトを
立ち上げた。世界の中でも非常に強いパスポートを持っていることを、ふだん意識することもなく過ごしている私たち日本人にはなかなか想像しがたいことだ
が、国家の客観的成り立ちにさえ困難を伴う現実を生きる台湾の人たちは、アメリカをはじめとする多くの国へ、ビザなしで入ることが出来ない。旅行のたびに
高いお金を支払い、面接のために移民局のオフィスへ足を運ばなくてはならないだけでなく、ちょっとした理由でビザを発給してもらえないことさえある。陳の
ような世界的アーティストであっても、一市民としてのそういったプロセスには、当然ながら何の特権もない。
2- アーティスト陳界仁 photo courtesy of the artist
陳
がこの時たどった経緯をかいつまんで説明すると、だいたいこういうことであったようだ。陳が「アメリカ在台協会」(AIT)にビザの申請を行った時、英語
力の不足のため旅行会社に申請書類の代理記入を頼み、書類に間違いを残したまま提出してしまった。そのため面接官の怒りを買い、「密入国しようとしている
んだろう!」と、怒鳴られたのだという。陳は、なぜこんなふうに暴力的で悪意ある扱いを受けなければならないのかと憤慨した。また、台湾とアメリカとのこ
れまでの関係や、アメリカ政府による自他国での暴力へと思いを馳せた彼は、今後アメリカへ入国することを拒否するとともに、これをきっかけに作品を制作す
ることにした。まず、ウェブ上でアメリカ合衆国のビザ取得にまつわる台湾人の体験談を集めることにしたのだが、これは賛否両論を呼び、一時は掲示板が炎上
しかけたものの、様々な体験談がここに集められ、多くの意見が交換されることとなった。
集まったコメントに目を通すと、陳に対して否定的な意見
としては、単にその面接官がおかしかっただけではないか、というものや、書類に不備があった自分の責任ではないのか、といったものがある。また、台湾の移
民局だって、東南アジアなど後進国の旅行者に同じような態度を取っているのではないか、中国から嫁いで来る女性をおしなべて風俗関係者と見なすような風潮
を棚に上げて、AITだけを批判するのはおかしい、という意見も出ていた。一方、体験談を読むと、陳と同様にAITスタッフから差別的扱いを受けた台湾人
が非常に多いのに驚かされる。例えば、アメリカ在住の親戚が末期がんだとわかり、最後の時間を一緒に過ごそうと二ヶ月の休職を決めてビザ取得の面接に挑ん
だが、休職は無職と見なすとしてビザ発給を拒否されたエピソードや、面接後に夫と出かけることにしていたので胸の開いたワンピースを着ていたところ、面接
官に「そんな格好してみっともない!」と指を指されたという話など、確かにAIT側には、相手の尊厳を尊重する対等な関係からは出て来ないだろうと思われ
る態度が散見される。こういったことが日常的に起こっていることを知る事が出来ただけでも、このサイトの閲覧は私にとって、とても貴重な体験となった。
陳はこの事件をもとに、目下、作品を製作中である。陳は、このサイト自体が既に文化的アクティヴィズムの作品であるとしており、さらに4月か5月には、ま
とまった形での第一段階の作品が出来上がる予定だ。作品は長期のプロジェクトとして構想されていて、ビデオ作品を撮るだけには終わらないとのこと。ところ
で、今から25年前のこと、陳の初個展がアメリカ文化センターで開催されたのだが、オープン当日にセンター側から理由の説明もなしに、中止を言い渡された
のだという。「アメリカと対立するのは、どうも僕の運命らしいよ」陳がインタビューの中で皮肉まじりに笑っていたのが印象的だった。
2009-03-14 at 02:30 午後 in ワールド・レポート | Permalink
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