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2010/05/09
MoMA「Marina Abramovic´: The Artist Is Present」
アブラモヴィッチはここにいる
自らの肉体を使って表現するボディ・アート、パフォーマンス・アートの先駆者として60年代末から活動しているマリナ・アブラモヴィッチ(1946年旧ユーゴスラビア生まれ)の大規模な回顧展「The Artist Is Present」がニューヨーク近代美術館で開かれている。
Installation view of Marina Abramovic´’s performance The Artist Is Present at The Museum of Modern Art, 2010. Photo by Scott Rudd. © 2010 Marina Abramovic´. Courtesy the artist and Sean Kelly Gallery/Artists Rights Society (ARS), New York
彼女のパフォーマンスは時に長時間にわたり、自虐的ともいえる行為によってなまなましい痛みや苦しみ、それを昇華した時の快楽などを観客にダイレクトに伝え感じさせる。それだけにその作品は挑戦といってもいいほどの忍耐力や体力を必要とする。今回の展覧会で発表した新作は、アブラモヴィッチがその肉体と精神を賭けて「そこにい続ける」作品である。3月14日から5月31日までの展覧会期中、1日も休まず開館から閉館まで計700時間以上、テーブルをはさんで不特定多数の観客と二人きりで座ったまま向かい合う。これまでの彼女の作品で最も長時間のパフォーマンスである。
MoMAの2階にある巨大な吹き抜けの展示室に、テープで貼られた四角い空間が用意され、四隅からライトが照らされている。まるで格闘技のリングのようだ。真ん中には簡素なテーブルと椅子が二つ。アブラモヴィッチは長い丈のドレスを着て、髪を三つ編みにして片方に垂らし、軽く開いたひざの間に手をおろし、首を少し突き出す格好で猫背気味に座っている。視線は動かずまっすぐに相手の目のあたりを見つめている。向かい合う参加者は黙って座っていなくてはいけないが、時間に制限はない。数時間座り続ける猛者もいるそうで、この日も多くの人が順番待ちをしていた。
Installation view of Marina Abramovic´’s performance The Artist Is Present at The Museum of Modern Art, 2010. Photo by Scott Rudd. © 2010 Marina Abramovic´. Courtesy the artist and Sean Kelly Gallery/Artists Rights Society (ARS), New York
周囲を取り囲む大勢の観客が警備員に同じような質問をしている----「彼女はずっとこうして動かないの?」「コーヒーも飲まないの?」と。修行僧の苦行よろしくアブラモヴィッチは同じ姿勢のまま動かない。水や食事は一切取らず、トイレにも行かない。たまに首を少し動かすことはあるらしいが、座り直したり立ったりすることはない。壁にはこのパフォーマンスを記録するカレンダーが描かれ、半分ほどの日付けがすでに消されていた。自分で自分の肉体と精神をコントロールする圧倒的な力にはしびれるほど驚くしかない。
いつ来てもいつ見ても、アーティストは「ここにいる」。今、この原稿を書いているさなかもそれは続いている。そのプレゼンスは向かい合う相手、回りの観客、そして部屋全体にじわじわとしみていく。大柄な彼女のからだは巫女のごとく神々しくそびえ、取り巻く観客の中には催眠術にかかったかのように彼女を見つめたままじっと動かない人もいた。彼女がここにいる、ということは私がここにいるということなのだ。
Marina Abramovic´
and Ulay Imponderabilia. Originally
performed in 1977 for 90 min. Galleria Comunale d’Arte Moderna, Bologna
Still from 16mm film transferred to video (black and white, sound). 52:16 min. © 2010 Marina
Abramovic´. Courtesy Marina Abramovic´ and Sean Kelly Gallery/Artists Rights Society (ARS), New York
Reperformed continuously in shifts throughout the exhibition Marina Abramovic´: The Artist Is Present at MoMA, March 14-May 31, 2010
パフォーマンス・アートは原理的にはその時、その場所にいた人たちだけが体験できる、一回性で再現不可能なものである。しかし今回、彼女の40年以上の活動における50もの作品を回顧展示するのに際して、当時のビデオや写真に加えてアブラモビッチは初めて、彼女が選んだ39人のパフォーマーたち(人種も肌の色もさまざま)によってそのうちの5つをライブで再演している。多くの場合が全裸による行為であるために、観客がパフォーマーの裸体に触れるという事件もあったそうだ。観客の受け止め方は当時と今ではまるで違うし、女性の裸やセックスがスキャンダラスな時代でももはやない。しかし再現不可能、記録でしか見ることができないはずのパフォーマンスが、彼女ではない人たちによって、交代で、時間と場所を超えて何度も再現されているのは興味深い。
★「Marina Abramovic': The Artist Is Present」はニューヨーク近代美術館で5月31日まで開催。
Words: 塩崎浩子
2010-05-09 at 04:42 午後 in ワールド・レポート | Permalink
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