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2008/03/30

フランシス・アリス「ファビオラ」

NYから、塩崎浩子さんのレポートです。

Alys_164ベルギー生まれで現在メキシコ在住の作家、フランシス・アリス(Francis Alÿs)の「ファビオラ」展が、ヒスパニック・ソサエティ・オブ・アメリカで開催されている。

展示室に入ると赤黒いマホガニーの壁に2段、3段と「同じ絵」が掛けられている。大小さまざまの同じモチーフ、一人の若い女性が深紅のヴェ−ルをかぶり、左を向いて何かをじっと見つめている絵である。古い洋館の書斎を思わせる小さな部屋の中はうす暗く、空気はひんやりと冷たい。絵はどれも古びていて、額のないむき出しのキャンバスは汚れたり絵の具が剥落したりしているのに、彼女たちの肖像は汚れを知らない気高さを醸している。

Francis Huys, Fabiola, n.d. Photo: Francesca Esmay. Courtesy Francis Alÿs.

およそ300点にも及ぶこれらの作品はすべてフランシス・アリスが集めたもので、1885年にフランスのアカデミズム画家、ジャン=ジャック・エンネルが描いた西暦4世紀のキリスト教の聖人「ファビオラ(Fabiola)」の模写である(エンネルの原画は現存していない)。美しい聖人ファビオラは世界中で多くの人々、特に日曜画家やアマチュアたちによって好んで描かれたモチーフだ。アリスは15年ほど前からこのファビオラの絵、それも印刷や複写ではなく肉筆で描かれた作品を欧米各地の骨董屋や蚤の市などで集めてきた。この展覧会ではそのコレクションを美術館で初めて一堂に公開している。

Alys_instaFrancis Alÿs, Fabiola. Installation view. Dia at the Hispanic Society, September 20, 2007–April 6, 2008. Photo: Cathy Carver.

モチーフは同じながら、絵画以外にも木彫レリーフ、ドローイング、ファブリック、ペンダントなど技法はさまざまで、出来もバラバラ。表情や顔の造作、特に眼や口元などは1枚1枚おもしろいほど違っていて、細部の違いにいやでも目がいってしまう。聖人にしてはあまりに庶民的な顔やアジア人のようなフラットな顔があったり、美人のはずがどうもそうは見えなかったり、ぽっちゃり太っていたり。原画や模写といった決めごとがあやふやに思えてくるほど、ファビオラというフィルターを通して描かれた、どれもがユニークな「違う」絵なのである。失われたエンネルの原画とぜひ比較して見てみたかったと思う。

この展覧会は、ディア・アート・ファウンデーションとヒスパニック・ソサエティ・オブ・アメリカとの3年間にわたる共同企画展の第1弾として開かれている。マンハッタンのアップタウンにあるこの小さな美術館はあまり知られてはいないものの、ゴヤやベラスケスに代表されるスペイン美術のすぐれたコレクションを持ち、建物も重厚で美しい。普段は19世紀の絵画が飾られている、タイムスリップしたかのような古風な趣のこの展示室は、長い時間と運命が刻み込まれた幾多のファビオラの肖像画にとても似合っている。描かれることの必然に結ぼれて集まってきたポートレートの山。どうしてこの絵は持ち主の手を離れ、今ここにあるのだろう? 淡いスポットライトで照らされた彼女たちは皆そろって同じ方向を向き、ひっそりと律儀に佇んでいた。

フランシス・アリス「ファビオラ」は4月6日まで開催中

ヒスパニック・ソサエティ・オブ・アメリカ

Words: 塩崎浩子

2008-03-30 at 09:18 午後 in ワールド・レポート | Permalink

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コメント

面白い展覧会ですね!
完璧にやるためのディテールがきっとしっかりしてたのでしょう。
フランシス・アリス日本でも展覧会やってほしいです。

投稿情報: さかぐ | 2008/04/09 1:17:22


失礼します。      
    
 「イジメ撲滅」のご案内
       ご笑覧ください。
     http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/    

投稿情報: あだち | 2008/07/02 18:45:14

エンネルの原画はルーブルにあると聞いたことがあります。また、GoogleなどでHenner Fabiolaで検索すると出てきます。
たとえば、下記サイト。
http://www.digital-picture-printing-frames.com/store/PPF/parameters/3890_705/more_info.asp

私はこの絵がすべての絵画の中で一番好きです。オリジナルをぜひ見てみたいと思っているのですが、チャンスがありません。

投稿情報: dad | 2008/10/16 0:07:13