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2007/03/21

デヴィッド・リンチの映画「インランド・エンパイア」

ニューヨークから塩崎浩子さんの今月のレポートです。

Inlandempire「マルホランド・ドライブ」以来、約5年ぶりとなるデヴィッド・リンチの長篇映画「インランド・エンパイア(INLAND EMPIRE)」がニューヨークで公開されている。当初は昨年12月の限定2週間の公開だったが、単館上映ながらその後もロングランを続けている。
高速回転する鉄板を太い釘のようなもので引っ掻く轟音とともにタイトルが現れる。一人の女優(ローラ・ダーン)が何かの映画に出演することになり、次第に彼女がその映画世界と現実世界、実空間と異空間とのあわいに引き込まれていく話だということが分かってくる。彼女の出演している映画はポーランドと関係があり、そしてどうやら呪われているらしい。

ポーランドの凍り付いた冬の街、泣きながらテレビを眺めている女性、娼婦たちがたむろする部屋、ウサギ頭の人間たちがコント風の芝居をする舞台など、時間や空間そして次元さえも超えた様々なシーンが目まぐるしく転回する。難解だと言われるリンチの映画だけれど、それぞれのシーンを見れば1枚の絵画のように美しかったり、ユーモラスだったりもする。ただそれがパズルのように合わさって一つの話へと収斂していかないので、私は時折フラストレーションを感じてしまうこともある。

INLAND EMPIREでは、扉を開けると扉があり、そのまた先に別の世界への扉があり、その扉を開けるとまた元の部屋へと戻ってしまう・・・というような堂々巡りに陥ってしまう。別の場所への扉が開かれるたびに悪夢的なイメージがパンチのごとく繰り出される。美しいハリウッド女優役のローラ・ダーンが出ずっぱりの怪演ぶりを見せていて、時に眉根に不快感たっぷりにしわを寄せ、時に顔をぐしゃぐしゃにして、そのパンチを受けまくっている。

リンチへのインタビュー記事によると、この映画はこれまでにない方法で撮られたものーーつまりあらかじめ完成した脚本がなく、アイデアが生まれたらシーンごとにシナリオを書いては撮り、俳優はもちろんリンチ自身にも結末が分からないまま撮り進めていったのだという。そうやって3年近くかけて撮りためた映像を3時間にまとめたのがこの作品。ストーリーを掴もうにも初めから監督の頭の中にも存在しないというわけだ。さらに過去の作品との違いがもう一つあり、この映画はリンチが初めてデジタルビデオを使って撮影した作品だという。頭の中に浮かんだシーンをてっとり早くダイレクトに撮影するにはビデオは最適だっただろうし、極限までのクローズアップや生々しい質感など、デジタルメディアの高画質によって画面全体がひりひりとした暴力的な空気に満ちている。

リンチが画家志望だったことはよく知られている。私が最初に彼のことを知ったのは、今は無き東京の東高現代美術館での個展だったはずだ。その時に見た暗く陰うつな絵も、リンチの脳内イメージを転写したものだったのだろうか。「INLAND EMPIRE(内陸の帝国)」とはアメリカのカリフォルニア州に実在する地名らしいが、この映画の成り立ちに実にふさわしいタイトルに思えてくる。


INLAND EMPIREは2007年日本公開予定。 

words:塩崎浩子

2007-03-21 at 11:41 午後 in ワールド・レポート | Permalink

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