2004/02/22
超日本画宣言—それは、かつて日本画と呼ばれていた—
「逸脱、越境、飛躍」
■色々な言葉にやみくもに「超」を付けて流行った時があった。「超越した」という強調語として特に深い意味があるわけでもなく。同展が「超」をつけた背景には日本画の領域意識が存在している。もはや日本画を越境してしまったタダモノじゃない絵画を指す、いわば「脱」日本画宣言だ。
■所蔵品をベースに構成された企画だそうだが、揃いも揃って大作づくしなのは驚く。第1展示室「古くて新しい水墨画の現在」からして圧巻だった。右に菅原健彦の7メートルを超える大作が2点、左は尾長良範と浅見貴子の作品。いずれもショーケースに入り、ごく日本画的な展示に収まっているように見える。しかし佇んでいると、描写の不可思議さ、圧倒的なパワー、カテゴリーでくくりきれない疑問符が湧いてくる。
■2階へ向かう途中の吹き抜けには山本直彰の巨大な新作。階段を昇ると向かって右側が第2展示室「絵画へ」。ここはまず連続して山本の空間が広がり、斉藤典彦、竹内啓、岡村桂三郎の秀作が林立している。水との融合をはかる斉藤のみずみずしい画面をはじめ、ゆっくりと呼吸をしているようなのびやかな空気が漂っていた。
■第3展示室「絵画の力」。赤い色が目の端から現れる。振り返ると幅11メートルの鮮やかな原色の作品が在った。通常はパーテーションで区切られている壁面のため仕切り自体も新鮮だったが、そのまばゆいばかりの発色に共鳴せずにいられなかった。同館にしてはめずらしく椅子が並んでいる。ひとつずつ距離を置いて4つほど。ロスコルームのように絵画とじっくり向き合いたい場所になっていた。間島秀徳の部屋はすがすがしいくらい整然としていた。白い渋きが静謐感を導いている。マコトフジムラと小野友三は1点ずつだがいずれも存在感のある堂々とした絵画だった。
■日本画というイメージの呪縛に捕われている作家は少なくない。担当の野地学芸員は図録解説の結びに「日本画を絵画という上位の概念へ返してあげるべき」と述べているけれど、もはや西洋画に対する日本画という位置付けも、素材によるカテゴリー分けも、すべてとっぱらってしまえば確かにどれほど解放されることか。分類のための名称がナンセンスに思えてきた。
超日本画宣言—それは、かつて日本画と呼ばれていた—
2004年2月22日(日)〜4月11日(日)
練馬区立美術館
東京都練馬区貫井1-36-16
(西武池袋線「中村橋」駅下車、徒歩3分)
10:00〜18:00(入館は〜17:30)
月休
入場料一般300円、高大生・65〜74歳200円、小中学生・75歳以上無料
TEL.03-3577-1821
関連イベント
●出品作家による公開制作
3月21日(日)午後:竹内啓
3月28日(日)午前/午後:間島秀徳
4月4日(日)午前/午後:岡村桂三郎
●作家と学芸員によるギャラリートーク
3月20日(土)14:00〜:尾長良範
3月27日(土)14:00〜:間島秀徳
4月3日(土)14:00〜:岡村桂三郎
4月10日(土)14:00〜:竹内啓
words:斎藤博美
●ボランティアによるギャラリーガイド
毎週(土)10:30〜
斉藤典彦「みなも-rb」(左)
竹内啓「明神山 PM6:05 2/OCT 1996」(右)
マコトフジムラ「Jericho 3-An Atonement Song」(左)
小野友三「Untitled」(右)
間島秀徳「Kinesis No.211」(左)
「Untitled 1998」(右)
2004-02-22 at 12:00 午後 in 展覧会レポート | Permalink
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