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2003/12/26

Vol.53 齋木克裕(Katsuhiro Saiki)

「矛盾がおもしろい」

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建物や空などをいくつかの断面(断片)として写真に撮り、それらを再構成して物体(もの)化し、インスタレーションすることでどこにもない空間をつくりあげる。並べ替えたり、分割したりものごとの構造を変えようとする見方が興味を引く。2002年の9月から1年間、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の助成により、ニューヨークにあるP.S.1のインターナショナル・スタジオ・プログラム(スタジオを借りて制作、発表)に参加し、そのままニューヨークに拠点を移した。ベッヒャー派の写真を引き合いに出されるように、彼にはドイツないしヨーロッパのイメージがあった。一時帰国した彼にアメリカを選んだ理由などを尋ねた。

■齋木さんは、ベルリンなどヨーロッパでも少し活動していたけど、ニューヨークにしばらく移住ってことになりますか?

はい。ACCのプログラムでニューヨークに行くときから、終了後もいようと思っていたので。僕が美術に興味を持ち始めたのはアメリカの美術からで、写真を始めたのもアメリカの写真家ルイス・ボルツ(アンセル・アダムスに代表される崇高な自然風景に対し、郊外など人の手の加わった風景を、主観的な判断を差し挟まずに地勢図のように撮ることで世界の肯定を試みた「ニュー・トポグラフィックス」の一員)がきっかけなんです。そこから遡るようにアメリカの写真史を知った。ベッヒャーもニュー・トポグラフィックス展に出ているから接点はあるけど、そんなわけでアメリカにより関心がありました。

■制作環境も良いんですか?

いや、それがベルリンの方が環境的にも良かったし、撮りたいものも多かったんですよ(笑)。ニューヨークでは、ニューヨークやアメリカを象徴するものが多く、場所としての意味合いが強くて、僕にとって被写体にしたいものがあまりなかった。アメリカじゅうを旅して回るお金もなかったし。今では興味を持てる対象を見つけましたが、そのことよりも、むしろ人種や国籍を問わず多様な人が集まっていることに惹かれます。ニューヨークでは、大きなコマーシャルギャラリーも多い一方、アーティストランのスペースも集まっている。ヨーロッパのアーティストも同時期に見られる。何にしても多層的でそれぞれが厚く、選択肢が多いんです。

■住んでいるところは?

マンハッタンから4,50分の郊外。若いアーティストが集まるブルックリンのウィリアムズバーグからもかなり遠い。海が近くて、老人と別荘が多く、たそがれられますよ(笑)

■ニューヨークで個展がありましたね。

コマーシャルギャラリーがつく前の若手作家を紹介するような非営利のオルタナティブスペースで。ニューヨークでは、写真というより、彫刻の概念の拡張と捉える人が多いかな。ただ、今は写真への興味で写真を選んでいるんだけど、別の媒体でも作れると思うんです。だからどの枠組みで捉えられるかということに、さほどこだわりはないですね。

■じゃあ最大の関心事というかテーマとは?

そうだなあ。「見る」というシステムに興味があって、それをどう変えるかということ。つまり、何かを見るときには、それにまつわる歴史的、社会的背景や意味とかを絡めて見ているわけですよね。カレンダー的な風景が情緒を誘う仕組みとか。効率よく過ごすためには、コップを見ていちいちコップとは何かなんて立ち止まってはいられない。それは経済的ではあるけど、もっと違う見方もできるはず。そういう別の感じ方ができるものがつくれるんじゃないかと。僕は美術作品を見る経験のプロセスをコミュニケーションと捉えていて、といっても共通の地盤や了解事項の中で安心して情報を交換するのではなく、そうすることで、共通の地盤や、「ある」と思っていた了解自体が揺らいでしまうような、そんなものをコミュニケーションとか美術作品との出会いと考えています。

■そのための制作のプロセスは?

具体的なことから出発するより、抽象的な思考から始めることが多いです。別の見方をできるものを先に考えて、その変形のプロセスに合う写真を撮りにいく。例えば、並べ替えることが先にあって、山を撮りにいく。床に置くとしたら空を撮るとか。イメージとオブジェクトはそれぞれに独立していて、素材がイメージに従属するのではなく、それぞれに強さをもっている。その意味でどんなイメージを選ぶかはとても大事なんですが、そのとき現代美術の枠組みに左右されて、撮るものの選択肢が狭くなるのもつまらない。つまり、どの枠組みからも外れていたいんだけど、外そうとすることを狙って、結局捕われてしまう状態も避けたいですね。

■そういえばSCAI THE BATHOUSEでの個展のときは、何か別の空間という気がしました。それにしても恣意的でない中立的な写真を、写真や彫刻といった概念からも中立的につくり出そうというにもかかわらず、恣意的でないものが見当たらないニューヨークにわざわざ身を置くとは。ねじれてますねぇ(笑)

うーん。恣意的、経済的な視線で、「見る」ということがシステム化されているからこそやりがいがあると思うのかな(笑)。アメリカという国を実はそれほど好きではないし、他国の人からは見えている視点が見えていないなと思うこともありました。一方で、アメリカ経済の中心はニューヨークだけど、アメリカにあってアメリカではないような特異な場所でもある。ブッシュ政権を支持しないアメリカ人が多いのも事実です。政治的な作品をつくりたいわけではないけど、そんな矛盾もはらんだ所に惹かれてしまうのかもしれません。

■アメリカの美術を見て、日本人であることって意識しますか?

さっき言った「見る」ということって、アメリカのモダニズム理論の核心みたいなことだと思うんですが、僕が学生の頃(10年以上前)は、ポストモダンの反動か、日本でモダニズム見直しみたいな空気がありました。『批評空間』の浅田彰と岡崎乾二郎が、皆モダン、モダンといってもグリーンバーグの翻訳すら出ていないじゃないかと言って、彼ら自ら『モダニズムのハードコア』という本を作ってしまった。当時そんな本などと同時に写真論なんかも読んでいて、僕も真面目に考えちゃったりしたんですが、遠く離れた日本で、しかも時間を隔ててアメリカ流の理論を読むことには、やはり偏りがあった。制作の中で面白さを感じながらも、日本では、球場の外からキャッチャーに向けて球を投げ込んでいるぐらい先が見えない感じでした。

■それはかなり遠い(笑)。具体的になんだそうか、みたいなことはありました?

話がちょっと飛びますが、日本の社会には良くも悪くも技術偏重な感じがありますよね。例えば電化製品でもアメリカ製は、日本製みたいにかわいくないし、性能もたいしてよくない。根本的に価値観が違うのかと思うんですが、美術においてもアメリカでは、制作環境も大雑把で、観衆も大雑把(笑)だったりして、その中でやらなければならないことを考えてみると、違ったものが見えてきたんですよ。視点を移動できたというか。自分の作品を新たな目で見直し、やりたいことも整理できた。アメリカにいたいという感情は矛盾をはらんでいますが、それを面白いとも思えるんです。

■思っていたより複雑で興味深いです(笑)。日本のグループ展も始まりますが。

旧作の「FRAMES」を出します。新作ではないので申し訳ないんですが。

■画廊の思惑とは別に(笑)、あの骨組みの構造だけを見せる作品は、観客にとってはモノサシというか鍵の役割となり、齋木さんの作品群が見えやすくなった、「出た!」という作品では。

僕にとってもその後の展開が開けた作品です。

■そうかあ。今見るとまた違う発見がありそうで楽しみになってきました。


*2004年1月8日(木)―2月5日(木)SCAI THE BATHHOUSEにてグループ展「WINTER SHOW」に出品。

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words:白坂ゆり


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Place 2002
カラープリント、アクリルパネル、MDF、水性塗装 
各18 x 120×120cm
Artists Space(NY)でのインスタレーション
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Divide #2 2003
カラープリント、アクリルパネル 121.9 x 181.8 cm
PS1でのグループ展で発表
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Divide #1 2003
カラープリント、アクリルパネル 121.9 x 181.8 cm
PS1でのグループ展で発表
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Double 2001
カラープリント、アクリルパネル、アルミニウムボード
90 x180 cm
中央の線は飛行機雲
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Margin 2002
カラープリント、アクリルパネル、アルミニウムボード
37.8 x 100 cm
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Arrangements #13 2000
カラープリント、アルミニウム 8 x 48 x 4 cm
グレーの部分は壁のディテール
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Arrangements #22 2000
カラープリント、アルミニウム 128 x 8 x 8 cm
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Frames 1999
カラープリント、アルミニウムボード 30 x 30 cm

齋木克裕(Katsuhiro Saiki)

1969年 東京都生まれ
1992年 創形美術学校造形科
1996年 東京綜合写真専門学校卒業。現在、ニューヨーク在住
 
個展
1998年 3 Frames(ギャラリー山口/東京)
1999年 Arrangements(フタバ画廊/東京)
2000年 New works(galerie Murata & friends/ベルリン)
Frames(galerie Murata & friends/ベルリン)
2001年 Margin(フタバ画廊/東京)
2002年 Recent Works(galerie Murata & friends/ベルリン)
Repetition(ポラロイド・ギャラリー/東京)
Resolution(SCAI THE BATHHOUSE/東京)
2003年 Katsuhiro Saiki(Artists Space/ニューヨーク)他
 
グル-プ展
1999年 Up above the World(ギャラリー日鉱/東京)
2000年 The J-Way(LYDMARホテル/ストックホルム、スウェーデン)
2001年 SURFACE─Contemporary Photography, Video and Painting from Japan(Nederlands Foto Instituut/ロッテルダム、オランダ)
OUTER/INTER─現代写真の動向2001
(川崎市市民ミュージアム/神奈川)
2002年 Pro Tsubo(Theodor-Zink-Museum/カイザースラウテルン、ドイツ)
Anstiftung zu einer neuen Wahrnehmung(Neues Museum Weserburg/ブレーメン、ドイツ)
GOOD LUCK!!─現代美術の一様相(パルテノン多摩/東京)
VOCA展2002(上野の森美術館/東京)
2003年 Da Sein-ラインキング・コレクションより現代美術のポジションについて(Ernst-Barlach-Museum/ラッツエブルク、ドイツ)
Breaking Away─P.S.1 Natioal and International Studio Program Exhibition(P.S.1ContemporaryArt Center MoMA/ニューヨーク)
他多数

2003-12-26 at 08:38 午後 in アーティスト・ヴォイス | Permalink

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