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1999/05/22
Vol.10 ヨシタケシンスケ(Yoshitakeshinsuke)
コマーシャルの仕事もいくつかあり、ソニー・プレイステーションのゲームソフト「サイ」「ウンジャマラミー」などの広告製作にかかわる。「モノをつくること」が大好きだというヨシタケ氏は、大学時代を通 して「カブリモノ」と彼が言う着ぐるみ作品をつくり続けた。それは彼自身が欲しいと思ったものであり、必ずしも万人の役に立つ道具ではないかもしれない。ただ、ごく私的な作品でありながら、あまりにも魅力的な彼のカブリモノ作品に興味をひかれてしまうのはなぜだろう? そんな疑問を解決すべく、彼にインタビューしてみた。
●初めて僕がヨシタケさんの作品を見たのは1995年の「大アート展」で優秀賞をとった「ACcess100」でした。
■着ぐるみの作品を「カブリモノシリーズ」と僕は言ってるんですけど、それを大学2年から去年までの4年間、ずっとつくっていたんです。3年生の時に出品したのがこの作品でした。
●大学は筑波ですよね。
■筑波大学の芸術専門学群総合造形コースというところでした。僕は手を使ってつくるような工作が好きだったから、なんとなくそういうことやりたいとは思ってました。同級生のなかには美大を目指している人もいて、彼らはちゃんとデッサンとか勉強してたんです。でも自分はそういうのやってないから、美大には行けないというか、行ってはいけないんだとと思ってて。そういう時に、高校の美術部の先生が筑波大学のことを教えてくれたんです。試験にデッサンがないということで(笑)。
●絵を描くより、モノをつくるほうが好きなんですか。
■そうです。落書き程度は描きましたが、プラモデルとか、つくるほうが好きでした。今でも、目の前のものを正確に描くなんてことはできないんですよ。
●大学ではどういうことをしていましたか。
■基本的になにをやってもいい、というところだったんで、いろんな人がいました。なにも干渉されないから、自分のやりたいことに没頭できるところです。入学してから、専攻を移れると知ったので、入ってすぐに生産デザインに移ったんです。2年生までそこにいたんですが、結局3年生のとき総合造形に戻ってきた。自分のつくったモノがたくさんの人に見てもらえたり、便利がってもらえることも興味があったので、生産デザインに移ったんです。でも、もともとマンガや映画のメカにすごく興味があったから、例えば「スターウォーズ」のメカをつくる造形屋とか「セサミストリート」の着ぐるみをつくる人になりたいって思ったんです。結局、そういった一品モノをつくるほうが自分のやりたいことだったから、また総合造形に戻ったんです。
●その後大学院に進みますが、ずっとカブリモノシリーズだけだったんですか。
■それ以外は全然つくってないです。基本的に人のカタチをしたものに興味があるんですが、デッサンの勉強はしてないからリアルな人間って描けない。だからマンガ風の、自分が受けた影響がそのまま出ている。大学院を出てからは立体作品というものはつくってなくて、日記のように描きためているスケッチのようなものだけですね。
●具体的に影響を受けたマンガや映画ってなんでしょう。
■鳥山明や宮崎駿でしょうか。あとはテレビでやる映画のB級SFとか。単独のメカというよりは、ロボットっぽいものとか、人間が身に付けてゴテゴテした感じが好きなんです。だから「ウルトラマン」とかの特撮ものじゃなくて、カブリモノといえば、僕が連想するのは教育テレビの「ゴンタくん」とか「セサミストリート」なんです。
●描きためたスケッチが、実際にカタチになるまでにどういう過程を経るんでしょうか。
■思いついたままをスケッチに残しているんですが、それを後から見て、なんとなくこういう機能がついてそうだなとか、こういうカタチがおもしろそうだなとか思ってふくらませていくんです。それが進んでいって「こういうのがあればおもしろい」となったときにカタチにしようと思うんです。
●一番最初にスケッチから実際のカブリモノをつくろう!と思ったきっかけはなんでしょう。
■大学2年のときにヤノベケンジさんの作品を見て、ショックを受けたんです。ずっと、アートってやっぱり僕にはわからなくて、それよりマンガのほうが「わかりやすい」と思ってました。ヤノベさんも「作品」としてどうとかはわからないんですが、自分の趣味丸出しでつくってるなっていうのがすごくわかるんです。きっとああいうモノが好きでこういうマンガや映画が好きなんだろうなっていうのが。そのとき、自分の好きなことをどんどん追及していってもいいんだって思いました。結局、好きなものをやれば、それは力強さをもっているということがわかったんです。
●いわゆるアートやアーティストに対して違和感やコンプレックスがあったんですか。
■大学でもデッサンの勉強はしてないし、抽象画なんていうのは全然わからない。ある色のとなりにこの色を並べてキレイだな、とか思えないんです。たしかにキレイだとは思えるかもしれないけど、自分にはできない。なんとなくそこにあるというのが理解できなくて、自分のなかで意味づけや理由がないと落ち着かないんです。プロダクトデザインの、使い道と機能が一致した美しさに興味があったのも、きっとそういう理由なんです。でも、自分の好きなことをどんどんやっていけばいいんだと気づいてからは、あんまり考えなくなりました。
●好きなこと=自分が欲しいものになりますよね。
■「便利」って言葉が好きなんで、便利なものをつくりたいっていうのはあるんですよ。でも、それは自分にとって便利だというものなんです。人のために便利なものをつくるっていうのは想像できなくて、結局自分が欲しいと思うものが、カタチになっているんですよ。どこにもないから自分でつくるというような。
●自分が欲しくてつくったカブリモノを人に見せるというのはどうしてでしょう。
■つくる動機は単純に自分のためなんですけど、人に見せるのはまた別なことですよね。僕はだれもいないところで一人でかぶって「ニヤリ」とするのがいいんですけど、これをかぶって人に見せて、とかは全くない。パフォーマーのような作家だと思われることもあるんですが、そうではないです。博物館に並んでいる昔の潜水服のように展示されて「こういう目的でつくって、このように使った」と説明されるような見せ方というか、人がそれを見て「自分ならこう使う」とか考えてくれるのがいい。こういうモノをつくった人間がいたんだということを知って欲しいというのはあります。
●それは表現活動、とはまた違うんですか。
■僕はとくに伝えたいメッセージがある訳ではなく、表現したい内容というのも厳密にはないんです。僕のつくるモノはすべて内側に、自分に向かっている。スケッチもほとんど自分のことしか描いてないので、おんなじことを考えているのがわかってくる。自分観察日記のような役割も果たしているんです。
●初期のカブリモノシリーズは電気で動くとか光るといった要素が見られますが、だんだんと機能がシンプルになっていきますね。スケッチも絵だけだったものが、絵に言葉が書き加えられるようになって、よりシンプルになっている。絵と文字だけで、要するにコンセプトの段階で作品として成り立っているというか。
■よりシンプルな、一コママンガのようなものに興味が移っているのは確かです。カタチになる前に、コンセプトだけで伝わる気持ち良さってありますね。
●逆に、モノをつくらなくなっていく。
■そうですね。アイディアができた時点で完成しちゃう。もちろんモノとしてつくれば違うモノになるんでしょうけど、紙の上だけで成り立つおもしろさはあります。
●従来のアイディア集としてのスケッチとは違うものになってきますね。
■最初は造形屋になりたかったというのもあって、つくることがメインだったんでしょうね。そのうちつくってみて、つくれる、というのが確認できた。次は「ニヤリ」とできるモノを考えるほうに興味があります。
●カブリモノの見た目のおもしろさばかりが注目されることについてはどうでしょう。
■できれば僕が考えていることも知って欲しいというのはありますが、単純に造形屋もやっているんで、外見のおもしろさも分かりますから、とくにギャップはないですね。もちろん、そのすき間を埋めていきたいと思っています。モノはいくらでもつくれるけど、最初の設計図、コンセプトが重要になるわけですから、そこを気に入ってもらって、つくったモノも気に入ってもらえるほうがいいですし。
●これから、どういう活動を自分がしていけたらいいと思いますか。
■一体おまえはなにものなんだと言われると困るんですけど、イラストレーター、造形屋、アーティスト、デザイナー、なにを言われても「ああ、そう見えるんだ」と思います。肩書きがどうというよりは、「こういうモノならつくれます、こういうモノをつくってます」と言えるような状態であれば、いいかなと思っています。
words:桑原勲
ACcess100 1995 手に持つ棒の先にある電源プラグをコンセントに差し込むことができると目の前の扉が開く
BREATH 1996 人に自慢できるものがなく、自分にできるのは呼吸することだけだという人のための道具。呼吸の様子が外からわかるしくみ
GOOD EAR 1996 自分の背中にむけて発せられた声を聞け、自分に対する他人の本音をしることができる
SLOT MACHINE 1996 「頭」の自動販売機。100円を入れると首が落ちる
HOOK ME 1996 フックをひっかけて宙に浮くことができる道具
ヨシタケシンスケ(Yoshitakeshinsuke)
1973年 神奈川県生まれ
1995年 筑波大学在学中にアート・アーティスト・オーディション主催「大アート展」に出品し優秀賞と一般審査賞、カールスモーキー石井賞を受賞する。
1998年 筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。その後、大学時代の友人たちと「BIG ART PROJECT」をはじめ、展示スペースつきの共同住宅兼アトリエ「studio BIG ART」にて活動を開始する。
1998年 「アートの遊園地'98」(天保山現代館)に出品。
1999年 個展「このごろのあのころ」(スペースビッグアート)を開催。
1999-05-22 at 08:33 午後 in アーティスト・ヴォイス | Permalink
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