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2008/12/19
塩川彩生 「鏡の中の影」
何時間もの列車の旅をしていて、つい熟睡してしまった。覚めた瞬間に自分の家なのか旅先 の宿なのかわからなくなり、電車の中の自分に着地するまでに時間がかかったことがある。自分自身にぼんやりとした何層もの膜ができたような数秒間はとても心地が良くて生々しかった。その感覚は子どもの頃の記憶を思い出すときの生々しさに似ている。記憶が曖昧なのに、色や匂いだけ在り在りと思い出したり、会話の一断片を再現したりする瞬間がある。そしてそのどれもが実際に起きた事なのか、記憶を織り交ぜた想像による瞬間なのか定かではないのだ。塩川彩生の作品に触れると、子どもの頃の記憶の断片に触れながら、新しい記憶を作って遊んでいるかのようで、曖昧で未完成にも見える作品から活力を感じる。
展覧会のタイトルに「鏡の中の影」とあるとおり、作家にとって鏡の世界と、作品の世界には多くの共通点がある。鏡の中の世界は、時間や空間から外れた左右反対のもう1つの現実だ。その世界を自分の記憶や過去と同じく、誰も脅かすことのできない場所として捉えているのではないだろうか。鏡の世界の断片と、記憶の断片を自由に再構成する過程を経てできる作品は、実際と想像の間に生じた「影」を含み、伸び縮みしながら広がっていく。
塩川の作品は木版表現を用いているが、全てがオリジナルの平面作品だ。支持体である土佐和紙の柔らかい風合いの上に、淡くぼんやりしたモチーフが影のように滲んでいる。版の表現以外にも、色鉛筆の使用や、彩色を施した部分もある。よく見ると、モチーフの形に切り抜かれた人物が実はコラージュのように貼付けられていることに気付く。これは土佐和紙の特徴である薄さを活かした表現と聞いた。人物以外にもシールのように貼付けられた紙片があり、作品が層になっていることがわかる。個々の作品のために個々の版を作成するのではなく、作者のイメージした幾つもの版が存在し、それを自由に組み合わせていくことで作品が膨らみを増す。横を向いた巨大な頭部が配された作品は、頭の中にある想像や記憶を再構築しているようだ。
正面を向いた全身像、横を向いた頭部、木の実なのか花なのかわからないイメージ、鉱石のような尖った形などのモチーフは、作品と作品を自由に行き来するかのように繰り返し登場する。制作の過程は、恐らくドローイングを描く感覚に近いかもしれない。常に流動することができる自由なその場所は、鏡の中の世界=記憶の世界だ。それは痕跡としての記憶ではなくて生成する場所そのものなのだろう。
個々の作品をじっくり見ていても、そこにある全ての作品がまるで1つの作品のような面白さがある。様々な記憶の断片が自由に繋がり、そして離れていくという体感をした不思議な魅力の個展だ。
塩川彩生
「鏡の中の影」
2008年11月29日〜12月27日(日、月、祝休) 12:00-19:00
キドプレス/ KIDO Press, Inc. www.kidopress.com
Tel: 03-5856-5540
〒135-0024 東京都江東区清澄1-3-2-6F
words:水田紗弥子
2008-12-19 at 03:57 午後 in 展覧会レポート | Permalink
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