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2008/12/26

ニューヨーク近代美術館「ピピロッティ・リスト:Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters)」

リラックスしてそして・・・

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NYから塩崎浩子さんのレポートです。

ピンク色のカーテンに囲まれた光のあふれる空間で、数え切れないほど大勢の人々が思い思いの場所に座り、寝転がり、おしゃべりをし、恋人たちは抱き合って寝ている。巨大な壁面には広大なチューリップ畑が広がり、体が色と音の洪水に包み込まれる。スイス人アーティスト、ピピロッティ・リストの映像作品「Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters)」は、MoMAの2階にある7354立方メートル、高さ33メートルの吹き抜けのアトリウムを使った、超大型のインスタレーションである。

Pipilotti Rist. 《Still from Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters) 》 2008.
Multichannel video projection. Courtesy the artist, Luhring Augustine, New York, and Hauser & Wirth Zürich London. © 2008 Pipilotti Rist.

Tulips_4 壁面3面を使った映像は高さ約7.5メートル、横約61メートル。中央には彼女自身がデザインした、人間の眼球の虹彩を模したドーナツ状の椅子と枕がわりのクッションが置かれ、床にはカーペットがしかれ、観客はその中でも外でも床でも好きな場所で作品を見ることができる。寝ても座ってももたれても、靴を脱いで、とにかく体を思いきりリラックスさせて映像を見てくださいという仕掛けである。アーティスト自身の言葉が入り口に掲げられている。「どうぞなるべく自由に、好きなように動いてください。好きな体勢で映像を見て、音を聞いてください」。

Pipilotti Rist. 《Still from Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters) 》 2008.
Multichannel video projection. Courtesy the artist, Luhring Augustine, New York, and Hauser & Wirth Zürich London. © 2008 Pipilotti Rist.

靴を脱いでカーペットに上がり、ソファにもたれて上方を見上げる。赤やピンク、オレンジ色のキャンディカラーに彩られたスローモーションの巨大映像は、決して留まることはなく、絶えまない流れや水、液体のイメージに満ちている。ゆったりとした癒し系の音楽が流れているものの、その映像は簡単に癒されるようなものではなく、時にグロテスクかつ暴力的だ。

Fchas_2 主人公である一人の女性がチューリップ畑を裸で這いずり回り、花を摘んでほおばったり土の中のミミズを手でまさぐったり、カメラは地を這うがごとくその姿を低い視点からとらえ続ける。水にたゆたう彼女の体からは生理の血と思しき赤い液体がしたたり、泥まみれの手足やどろりと動く眼球がクローズアップされる。と思えば画面は急転し、ピンク色のぬるぬるした液体やオレンジ色の稲妻(神経?)が画面全体を侵食し始めるのである。「Pour Your Body Out」を訳せば、あなたの肉体を外側へあふれ出させて/さらけ出して、となるだろうか。人間の体は液体に満たされていて、皮膚1枚へだてただけの内側にあるそのどろどろした液体を外側へ噴出させようという暴力的なまでの衝動が彼女を突き動かしているかのようなのだ。そこには外も内も、人間とそれ以外のあらゆるものとの垣根もない。

Installation view of Pipilotti Rist's Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters) at The Museum of Modern Art, 2008. Multichannel video projection (color, sound), projector enclosures, circular seating element, carpet. Courtesy the artist, Luhring Augustine, New York, and Hauser & Wirth Zürich London. ©2008 Pipilotti Rist. Photo: © Frederick Charles, fcharles.com.

谷口吉生による大幅な増改築を経てMoMAは広くなり観客も増えた。無料開放日の金曜日の夕方はもちろん、週末も平日も朝も夕方も、とにかくいつも混んでいる。そんな状態だから疲れるのも分かるし、眠くて座ってのんびりしたいのも分かる。それでもピピロッティ・リストのこの刺激的な展示における、観客の見事なリラックス、寝っころがりぷりには驚いた(熟睡している人もちらほら)。時間に追われ、せわしなく館内を動き回る人たちが多いMoMAにあって、彼女の大きな仕掛けは単なる映像作品ではなく、人々に「Pour Your Body Out」をうながし、休息、気付き、心身の解放を与えようとする場所である。

ニューヨーク近代美術館「ピピロッティ・リスト:Pour Your Body Out (7354 Cubic Meters)」は2009年2月2日まで開催。

Words: 塩崎浩子

2008-12-26 at 06:12 午後 in ワールド・レポート | Permalink

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