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2008/07/11
ニューヨーク市立図書館「Eminent Domain: Contemporary Photography and the City」
彼らが都市にレンズを向ける時
ニューヨークに住むようになって数年が経つけれど、この街は景色も人々も、日々すさまじい勢いで変わり続けている。ミッドタウンにあるニューヨーク市立図書館で開催されている「Eminent Domain: Contemporary Photography and the City」は、ニューヨークを拠点に活動する5人のアーティストによる、この大都市の姿をそれぞれの視点でとらえた写真展である。
Thomas Holton《Untitled》from the series The Lams of
Ludlow Street.
Chromogenic print, 2005. The New York Public Library, The Miriam and
Ira D. Wallach Division of Art, Prints and Photographs, Photography
Collection. © and reproduced courtesy of Thomas Holton.
出品作家はThomas Holton、Bettina Johae、Reiner Leist、Zoe Leonard、Ethan Levitasの5人(Glenn Ligonが文章の作品で参加)。その中から特に印象深かった作品を紹介したい。
Zoe Leonard 《Drop Off A.M., Pick Up P.M.》 from the
Dye Transfer Portfolio from Analogue, 1998-2007. Dye transfer print,
1999. The New York Public Library, The Miriam and Ira D. Wallach
Division of Art, Prints and Photographs, Photography Collection. © and reproduced courtesy of Zoe Leonard
Thomas Holtonの「The Lams of the Ludlow Street」は中国人の母を持つHoltonが、チャイナタウンに暮らすある中国人一家の日常生活を撮りためた作品。バスタブの横に流し台、その前に食卓、天井近くには洋服がずらりと掛けられている・・・2部屋のアパートに住むごく普通の5人家族。子供たちの遊ぶ姿や入浴、にぎやかな食卓の様子があるかと思えば、夫がふと見せるシリアスな表情やテレビをじっと見つめる妻の姿もある。子供たちが撮ったポラロイドも展示され、そのどれもが実に生き生きとカラフルな生活の情景だ。それはHolton自身のアイデンティティーの探究でもある。
Zoe Leonardの作品「Analogue」は1998年から2007年にかけて、彼女が暮らすロウアー・イースト・サイドの急激に変わっていく街の風景を愛おしむかのように描写した写真である。シャッターの下りた小さな店、ショーウインドーの古びたディスプレーや手描きの看板、売られている雑多な品々。人はほとんど写っていない。記録写真ではなく、彼女のパーソナルな視点で切り取られたその小さな画面には、世界のどこの街にもある、失われてゆく、あるいはもうなくなってしまった場所の残像が焼き付けられている。
Ethan Levitas 《Untitled/This is just to say., #32. 》
Chromogenic print, 2004. The New York Public Library, The Miriam and Ira D. Wallach Division of Art, Prints and Photographs, Photography Collection. © Ethan Levitas and reproduced courtesy of Ethan Levitas Projects
Ethan Levitasの写真「Untitled/This is just to say」は、ニューヨークの地下鉄が地上の高架を走る場所で、その車両と乗客とを同じ構図でとらえた連作。さまざまな人たちが乗り合わせる地下鉄は大都市ニューヨークの縮図のようだ。窓の外を所在なげに見つめる人、雪が舞う空の下で車両の間に立ちタバコをふかす男性、子どもをあやす親・・・カメラのレンズを通して、地下鉄車内というパブリックな場所での人々の私的な所作が、電車が目の前を通り過ぎる一瞬のストップモーションのように現れる。
チャイナタウン、ロウアー・イースト・サイド、地下鉄。どれも私の生活に密着したものだ。その姿を素直に気取らず撮った彼らの写真に強いリアリティーを覚えた。それは被写体に対する親近感ゆえだけではない。彼らのまなざしが第三者的な「記録」や「記述」ではなく、あくまで自分自身の立場で、ニューヨークという大都市とそこに根を張る小さな一個人である自分との関係を切実に追求しているからだろう。タイトルの「Eminent Domain」とは(土地・財産)収用権と訳される言葉で、国や地方公共団体などが、公共事業のために個人の土地や物件などの所有権、使用権を強制的に取得できる権利のこと。直接的にこのテーマを取り上げた作品はないものの、彼らが都市にレンズを向ける時、個人(=プライベート)と都市(=パブリック)との「収用し、される」互いの関係が浮かび上がってくる。
今、私はこの原稿をZoe Leonardが撮影したロウアー・イースト・サイドにあるダイナーで書いている。大通りに面したこの場所は、ここ数年の間に何度違う店に衣替えしただろう。それでもこの真新しいダイナーでは懐かしいアメリカン・オールディーズが流れている。過ぎてゆく季節や時間、去っていく人々や失われていく風景。彼らの写真はそうした変わり、過ぎゆくものたちへの愛おしさに満ちている。
「Eminent Domain: Contemporary Photography and the City」はニューヨーク市立図書館で8月29日まで開催。
2008-07-11 at 02:43 午前 in ワールド・レポート | Permalink
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