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2008/02/24

ジュリアン・シュナーベル「Navigation Drawings」「潜水服は蝶の夢を見る」

NYから、塩崎浩子さんのレポートです。

TrinidadチェルシーのSperone Westwaterでジュリアン・シュナーベルの新作「Navigation Drawings」を見た。シュナーベルと言えば80年代の、割れた皿をキャンバスに貼り付けた絵画が有名だが、作品を見たのは久しぶりのことだった。古い海上地図をリネンに張り、そこに油彩で色鮮やかにドローイングを描いている。色褪せた地図にある「Trinidad Head to Cape Blanco」「Martinique」といった、名前だけでも想像力をかきたてられる世界のどこかの小さな岬や島の上を、迷いのない力強い線が縦横無尽に走っている。

Julian Schnabel 《Trinidad Head to Cape Blanco》 2007
oil on map mounted on linen
49 1/8 x 39 1/8 inches 124.8 x 99.4 cm frame Courtesy Sperone Westwater, New York.

そのシュナーベルが「バスキア」「夜になるまえに」に次いで撮った3作目の映画「The Diving Bell and the Butterfly(邦題:潜水服は蝶の夢を見る)」が、現在ニューヨークで公開されている。

Martinique_2ファッション誌『ELLE』の編集長として優雅で満ち足りた生活を送っていた主人公が、脳梗塞の発作によって、ある日突然奈落の底へ突き落とされる。昏睡状態から覚めた彼は、意識はあって外部の声も聞こえるのに、声を発することができないことに気付いて愕然とする。全身麻痺の「ロックト・イン・シンドローム」状態となり、動かせるのはわずかに左眼のみとなってしまったのだ。自分の身に起きた現実を知って「これが人生か?」と絶望するものの、言語療法士の助けで、唯一動く左眼のまばたきによって周りの人々と言葉を交わすことができるようになる。そしてそのまばたきで自伝を綴り始める、という実話に基づいたストーリーだ。

Julian Schnabel 《Martinique》 2007
oil on map mounted on linen
59 3/4 x 41 inches 151.8 x 104 cm frame Courtesy Sperone Westwater, New York

彼の左眼と化したカメラは、映画の冒頭、昏睡から覚めたばかりの彼の焦点の定まらないぼやけた視界を映し出す。その不自由な視界は、主人公のいらだちや不安を見るものに味わわせる。彼がまばたきを繰り返してようやく綴った最初の文章は「死にたい」なのだ。しかし、潜水服に閉じ込められたかのようなこの重苦しい絶望の淵にありながらも、彼は自由で軽やかな想像の力をたずさえ、そこから蝶のように羽ばたこうとする。

Schnabel彼は小さな病室から抜け出して記憶と想像の世界へと旅をする。とめどなく湧き出すイメージは生き生きと色鮮やかで、時にエロティックで(恋人との自堕落な食事のシーン!)、そして夢のように甘くうつくしい。うす暗い病院の廊下ですら、一瞬で愛の交歓の舞台となる。「私はどんなことでも想像できる、どこでも、何でも」。主演のマチュー・アマルリックは、左眼で恋人に愛をささやき、家族をいとおしみ、生きる力や色気、そしてこのような状況下にもかかわらず冷静に自己を分析するユーモアさえ感じさせる。

シュナーベルが描くのはいつも、心理的あるいは肉体的檻に閉じ込められながらも、自由を希求する人間のすがたである。それは、小さな画面から解き放たれ、蝶のように自由で軽やかに地図の上を飛び回る「Navigation Drawings」の筆致のようだ。生々しくて衝動的なその線は画家シュナーベルの生そのものである。

Sperone Westwater

「潜水服は蝶の夢を見る」は現在日本で公開中。

Words: 塩崎浩子

2008-02-24 at 08:34 午後 in ワールド・レポート | Permalink

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