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2007/11/17
和泉賢太郎展 「彩宴」-SAIEN-
近日遊覧予定でも紹介した和泉賢太郎さんの個展が本日(11月17日)までなので紹介したい。小平にある未来工房のオープンスタジオで作品を見たとき、ド派手でインパクトたっぷりの色使いと、作品の繊細さと丁寧さが同居した心地よい世界にじっとりと浸っていく自分を感じて、少し怖くなったのを覚えている。
その時、日本画学科出身だと伺ったので、岩絵の具や膠などを用いて制作しているのだと勘違いしていたのだが、全くの見当違いだった。いわゆる日本画に用いる画材は、支持体である雲肌麻紙だけだったことを、個展の会場で知ったのは恥ずかしい限りだ。これほど鮮やかな色彩なのに、穏やかな印象を受けたのは、この和紙のせいかもしれない。アクリル絵の具とボールペンによって、モチーフである果物や野菜、草花が細分化されていく。アクリル絵の具でなければ出ないような色の均一さと、鮮やかさは、葉脈や細胞が脈打っているような動的な印象を引き出すことに成功している。
今回の個展で描かれているモチーフは植物のみだったが、すべて実物を見ながら描いているのだという。形が破綻しているように感じられる、枯れた花、山の稜線のように見えてくるパパイヤ、しめじの塊などが特に魅力的に感じられた。それは、有機物の持つ形体そのものに想像力の広がりや驚きを感じつつも、想像力の中で遊ばないで忠実に再現へ向かっているからではないだろうか。確かに植物は観察すればするほど、作り物のような完璧さを持ち、さらには枯れ果てていく佇まいが美しい。そんな超常現象に近いような植物の存在そのものとの距離を埋めようとしているかに見える。和泉は描いているとき、モチーフである植物に、一体化するほど、語りかけているのではないだろうか。モチーフに入り込んでいくというよりも、植物の細胞や色素がまるで内部に入ってくるかのように、植物の呼吸を感じとっている。細部を追っていくことで得られた、自然と色彩の把握の方法に解放感と確信を得ている。アートと自然と自我を、そんなふうに解体し、構築されると見る側は戸惑い、なんとなく怖くなるのではないだろうか。ただし色彩は明るく、現実にとどまらせてくれる。
そして増殖していくような細部から一瞬離れ、全体を見回すとゆったりとした余白に安心する。この大胆な余白と、脅迫に近い画き込み、静と動、細部と全体のバランス、そして色彩の感覚が和泉の作品の大きな特徴だと感じた。そして細部がどんなに描き込まれても量感や空間は消えずに、空間が濃く存在し、モチーフが際立ってくる。
悪いと言うわけではないけれど、好きなものを、好きなだけ表現しましたーという独善的な世界で制作をする人が多い中、久しぶりに全体の作品のクオリティも技術も高く、安心して見ることのできた完成度の高い展覧会だった。
今後、どのような切り口から作品を発展させ、どのような境地を切り拓いていくのか、注目したい。
和泉賢太郎展 「彩宴」-SAIEN-
2007年11月12日(月) ~ 2007年11月17日(土)
11:30-19:00 (最終日17:00まで)
ASK? Art Space Kimura
東京都中央区京橋3-6-5木邑ビル2F
Tel 03-5524-0771
words:水田紗弥子
2007-11-17 at 03:42 午前 in 展覧会レポート | Permalink
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