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2007/09/27

プライベート・ディナー

ベルリンから、かないみきさんの9月のレポートです。

 Pd_1_2日も落ちて辺りはすっかり暗い。 電燈がオレンジ色に染めた歩道の上を急ぐ先、門をくぐり抜けると、左手に受付のような小屋が見える。薄汚れた窓ガラス越し、ろうそくの炎が揺れる向こう側 で、本を読みふける男性に声をかけ、行く手を確認する。古く、いささか不気味な佇まいの工場跡地へと足を踏み入れた。
数年前には、ここはベルリンでは有名なテクノ・クラブとして栄えていたが、クラブが閉鎖されてからは、隠れ家的な場所として、オフパーティーや短期間のアートの展示が行われていた。 そこで始まったのが、毎週火曜日の夜に開かれるこの「プライベート・ディナー」だ。

 イベントやクラブのオーガナイズをしているひとりの男性のもとに、広告代理店から、あるアルコール飲料のマーケティングに参加しないかという誘いがかかる。これがきっかけだった。この会社は、事実上のキャンペーンをスタートさせるには少な過ぎる予算の中で、商品の提供とわずかな費用を彼に持ちかけた。そこから練り上げられたコンセプトが、インディペンデントに活動する彼の親しい友人たち、作家、ミュージシャン、デザイナー、マガジンや映画の制作者たちに、無料でディナーをもてなすパーティーを毎週開くことだった。ふたつの小部屋を展示スペースとして利用し、月に2度の展示も企画している。

Pd_2_2  電気など通っていない荒廃した部屋の中へ、あたたかなろうそくの灯りと笑い声が迎える。長いテーブルには白いクロスがかけられ、大きなフランスパンとディップが無造作に置かれていた。ディナーは毎回ベジタリアン料理で、スープ、メインと続き、デザートまで90人分用意される。「アートやクリエイティブな事業を進める仲間たちが出会い、リラックスした雰囲気の中で、食事を楽しめるような場所を持てないかと以前から考えていたんだ。一緒に食事をするってことが基本的な目的」と彼は言う。
 ある作家はバッグからラップットップを取り出し、ここへ来ているギャラリーのオーナーや批評家に自分の作品について語り始め、別のテーブルでは、数人でプロジェクトのアイディアを出し合い、ニューヨークから出張中のファッション雑誌のエディターは、" Berlin is so innocent ! "と感嘆する。この夜もバラエティーに富んだ顔ぶれがそろった。

 メールやネット上でいたずらにあふれる会話も悪くはない。そこから始まるコミュニケーションや、繋がってゆく人間関係もある。けれど、狭いスペースで顔と顔を合わせ、同じ食事を味わいながら広がる会話の輪の中で、思いがけない人と出会う時間は特別だ。この独特な空間を共有し、互いにくつろぎながらも、交わす話題は刺激的だ。この場所は、公には告知されていない。彼らの友人から、共通の関心を抱く人たちへと、口コミで伝わっている。
窓の外にはテレビ塔が近く見える。ライトに照らされそびえ立つそれは、毎週ここへ集まるちょっと風変わりなメンツを、見守っているかのようだった。

2007-09-27 at 10:36 午前 in ワールド・レポート | Permalink

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