アメリカン・フォーク・アート美術館「The Great Cover-up: American Rugs on Beds, Tables, and Floors」

NYから塩崎浩子さんの９月のレポートです。

名も無き女性たちの美しい手仕事を見に行った。MoMAの左隣に建つ小さな美術館、アメリカン・フォーク・アート美術館の「The Great Cover-up: American Rugs on Beds, Tables, and Floors」は、18世紀末から20世紀半ばまでに作られたアメリカン・ラグの名品約65点を集めた大規模な展覧会だ。手作りのラグの展示と聞いて、お母さんやおばあちゃんの趣味の手芸の世界——素朴でどこか拙いような作品を想像していたのだけれど、その完成度の高さと現代的なグラフィック・デザインの美しさに思わず唸ってしまった。

《Appliqued Carpet》Artist unidentified Northeastern United States, possibly Maine　c. 1860 Wool applique and embroidery on wool　112 x 158" Collection American Folk Art Museum, New York, promised gift of Ralph Esmerian Photo credit: John Bigelow Taylor, New York

アメリカの伝統的な手工芸であるアメリカン・ラグは17世紀に始まったとされ、テーブルやベッドカバーにしたり、床に敷いたり、壁にかけたりと、家庭生活を美しく彩ってきた。展示を見進めながら、家を守る女性たちが親たちから受け継いだ調度や古くなった家具を飾るために、家事の合間をぬって一針一針ラグを刺している姿を思い浮かべた。当時、手の込んだ美しい手作りラグでベッドを飾ることは富やステータスの象徴だったという。草花や木々、風景、鳥や動物、楽しい我が家、人間と自然との調和・・・それは今の言葉でいうところのアートではなくても、彼女たちのある種の「自己表現」だったのだろう。

 一口にラグといっても、19世紀初期に盛んだった、布から切り抜いたモチーフを下地となる生地に縫い付けるアップリケ・ラグ、レリーフ状の立体的な刺繍を施し３D効果を出したウォルドボロ（Waldoboro）・ラグ、細く切ったウールなどの布を麻の生地にかぎ針で刺していく、手作りのラグで最もポピュラーなフックド・ラグなど、その作り方はいろいろ。美術館のコレクションの中でも重要な作品の一つ、縦約３、横約４メートルの巨大な「アップリケ・カーペット」（写真上）は、青いうさぎを中央に鳥や草花がグラフィカルにちりばめられた壮大なスケールの作品。花びらや木の葉１枚に目を凝らしても、全体を眺めても完璧に美しく、色彩の豊かさとデザインの巧さに目を見張る。

《Pictorial Table Rug》Artist unidentified. Possibly Otisfield, Oxford County, Maine　c. 1840. Wool appliqué, gauze, and embroidery on wool.　29 x 53" Collection American Folk Art Museum, New York. Promised gift of Ralph Esmerian.　P1.2001.293 Photo by Stephen Donelian, New York.

女性たちの手仕事から生まれ、家庭で使われていたラグが、後の人々によってその美を見い出され、今日では丁寧に保存されて芸術品として展示されている。しかしどれだけ名品であっても、作り手はいわゆるアーティストではなかったから、そのほとんどが「作者不明」である。コンテンポラリーアートの分野でも最近、手芸や手芸的な手法を用いた表現を多く見かけるようになったが、名も無き女性たちの遺した「作品」は、現代の作り手に大きな刺激と影響を与えていることだろう。

この展覧会は終了したが、アメリカン・フォーク・アート美術館では今回紹介したラグを含む様々なアメリカの伝統工芸を展示している。さらにこの美術館は、ヘンリー・ダーガーなどのアウトサイダー・アートの卓越したコレクションでも知られている。彼らもまた、いわゆる「アート」とは離れた立場にいながら、日々の営みの中でひたすら創作を続けた人たちだ。

アメリカン・フォーク・アート美術館 （American Folk Art Museum）