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2009/01/26
P.S.1「ジーノ・デ・ドミニチス展」
宇宙の定理
イタリアのアーティスト、ジーノ・デ・ドミニチス(Gino De Dominicis、1947-1998)のアメリカの美術館では初の大規模な個展がP.S.1で開催されている。
Gino de Dominicis《No Title》 1992-93
Mixed media on crystal and plywood 3 panels – (2) 281 x 280cm, (1) 281 x 191cm Courtesy Rosa and Gilberto Sandretto, Milano Photo by Paolo Vandrash, Milano
ヨーロッパと違ってデ・ドミニチスはアメリカではほとんど知られていない存在である。パフォーマンス、ペインティング、彫刻、インスタレーション、映像とその作品は多岐に渡るうえに、本人はかなり風変わりで謎めいた人物であったらしい。マスコミ嫌いで、いかなる美術運動にも団体にも属さず、いつも黒い服を着て、夜のすべてを愛したアーティスト。P.S.1の広報紙に掲載された彼の知り合いや関係者によるエピソードの数々も、まるで映画や小説に登場するかのような奇妙で不可思議な話ばかり。彼が亡くなったという知らせでさえ、周囲の人々は最初は信じなかったそうだ。
Gino de Dominicis《No Title》 1992-93
Mixed media on crystal and plywood 3 panels – (2) 281 x 280 cm, (1) 281 x 191cm Courtesy Rosa and Gilberto Sandretto, Milano Photo by Paolo Vandrash, Milano
ようやく実現したこの個展は、1980〜90年代のペインティングと、その他の重要な作品で構成されている。最初の部屋に展示されているのは金色に輝く巨大な3点のペインティング(写真上・中)。金箔を貼ったかのようなまばゆい画面に白い線で幾何学的な図像や予言めいた摩訶不思議なかたちが描かれている。
彼は神話や史詩に登場する人物をモチーフにした人物像を数多く残している。人物とはいっても、金、白、赤、黒、群青などごく限られた色で描かれたその多くは、人間ばなれした異形のものたちだ。ふくろうのくちばしのような鉤型に曲がった巨大な鋭い鼻を持つポートレート。麗しい女性(のはず)の顔には眼がなく、自画像は宇宙の始まりのビッグバンのようなもやもやした空間に眼が一つだけ。深い群青色にたたずむぼんやりとした人の気配。絵の中の彼らは、仮面を被らされた追放者、幽閉者、あるいは世間から隠遁した孤独な存在だろうか。深く内省的な孤高の像がいつもそこにはある。
デ・ドミニチスの作品は、本人の言動ともあいまって、あらゆる存在を含む宇宙のありようを絵にしているような神秘と謎に満ちている。人間を超越したもの、目に見えないもの、永遠のものを追い求めている。
Gino de Dominicis《Untitled》1995
Oil on canvas 50 x 50cm Courtesy Enea Righi Collection
地下室に設置された「D’IO」(1971年)は真っ暗な部屋で彼の笑い声だけが無気味にループする。3年間かけて空を飛ぶ練習をしている様子を撮ったビデオ作品「Flight Attempt」(1970年)では、彼は小鳥の鳴き声が聞こえる小高い丘に立ち、手をまっすぐ横に広げて何度もそこから飛ぼうとする。デ・ドミニチスは言う、「私が飛ぶことを習得できなくても、私の息子、さらにその息子たち、子孫たちがきっと空を飛ぶ方法を発見してくれるだろう」。思わず見落としてしまいそうな、ハガキの半分大ほどの小さなドローイングにはただ一つの数式だけが書かれている。「1+0=0」。それが正しくないと誰が言えるだろう?それは彼の描き続けた世界の確固たる定理なのだ。
P.S.1「ジーノ・デ・ドミニチス展」は1月26日まで開催。
Words: 塩崎浩子
2009-01-26 at 09:26 午後 in ワールド・レポート | Permalink
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