2004/02/28
幻のロシア絵本1920-30年代展
「未来への絵本」
■吉原治良といえば、前衛グループ「具体美術協会」の中心メンバーであり、美術史に名を残す画家。芦屋に住んでいた吉原の遺品からまとまって見つかった1920年代から30年代のロシアの絵本は、どれも大変良い状態で、とても大切にされていたことが窺えたという。現在、芦屋市立美術博物館で、吉原が遺したこのロシアの絵本をはじめとする、日本国内の貴重なコレクションを集めた展覧会が開かれている。
■会場は大きく7章に区切ってある。この当時のロシアの絵本の質の良さと楽しさを伝えるコーナーに始まり、子供達の暮らしの様子を伝えるものや、知識をつたえるもの、労働者に目を向けたもの、世界の様相を伝えるものなど。また、その中には、ハサミでページを切り取って、工作をするための本などもある。「遺産」とひとことで言うと、現在に残された過去のもの、というイメージが強いけれど、この展覧会で紹介されている数々の絵本は古ぼけていない。殆どが70年以上もの時を経ているが、色彩が豊かで美しいだけでなく、創意と工夫に溢れていて、今見ても新鮮な感動がある。
■この展覧会の監修者の沼辺信一さんは、自らがロシアの絵本のコレクタ-でもあり、今回、そのコレクションも展示している。革命の後、誰もが新しい国づくりを目指し、次世代につなげようと意欲を燃やしていたこの時代の絵本はやはり一番素敵だという沼辺さん。アヴァンギャルドの画家や詩人といった芸術家達も積極的に絵本制作に関わったが、それは20世紀の大人たちが子どもたちのために真剣に何かをやったという価値であり、与えることのできた素晴らしいもので、ロシアの人たちにも、この社会主義の時代を忘れてほしくないという。
■展示会場の「私達の国」というコーナーには、ロシアアヴァンギャルドの詩人マヤコフスキーの制作した本がある。表紙に灯台の絵の描かれたこの絵本は、「子ども達よ、灯台になってほしい。」というメッセージがついている。19世紀の「闇」を省みながら、この時代のロシアの人々が20世紀のユートピアを目指し、子どもたちに夢を託したように、私達は21世紀をどう生きていくのかを考える上で、20世紀を振り返ることを忘れてはいけない。ロシアの絵本はただ美しいだけではない。未来を展望する熱意の奥底に、人々の過去への視線が浮かび上がり、今を生きる私達にもさまざまなことを問いかける。
■ところでこの展覧会は「幻のロシア絵本」を紹介するだけではない。もうひとつの会場では、この時代、リアルタイムでロシア絵本に接した、吉原治良やデザイナーの原弘、画家の柳瀬正夢といった人々の活動に注目している。今回吉原の遺品から見つかったロシア絵本は、ロシア画家とも交流をもち、モスクワを2度に渡って訪れている小西謙三という友人から手渡されたものだと言われている。この展示室には、ロシア絵本から影響を受けて制作、発行された吉原の「スイゾクカン」という絵本も展示されている。
■芦屋市立美術博物館は、これまで具体美術や「阪神間モダニズム」などこの地域で花開いた芸術を多々紹介してきた館である。しかし同館は現在、市の財政がひっ迫しているなどの理由で打ち出された「民間委託かあるいは休館」という問題に揺れている。この館が築いてきた財産は計り知れない。ロシアの絵本が芦屋で見つかったということがすごいと沼辺さんは言っていた。それは、長きにわたって芦屋という町が、文化を受け止め、また文化を発信してきたという証し。この展覧会自体、楽しくて素晴らしいものだが、未来へ心を募らせた人々の制作した絵本は、私達に多くのメッセージを投げかける。ぜひこの期に足を運んでほしい。
幻のロシア絵本1920-30年代展
2004年2月28日(土)〜4月11日(日)
芦屋市立美術博物館
兵庫県芦屋市伊勢町12-25
(阪神電車芦屋駅から南東へ約15分)
10:00〜17:00(入館は16:30まで)
月曜休館
入場料 一般800円(640円)/高大生600円(480円)/小中生無料
( ) は20名以上の団体料金
TEL.0797-38-5432
words:酒井千穂
柳瀬正夢が所蔵していたロシア絵本(刊行年度/1927年から32年まで)
切り取って組み立てる絵本 アレクセイ・ラプチェフ(文・絵)『厚紙建築』1932年
2004-02-28 at 06:40 午後 in 展覧会レポート | Permalink
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